安土桃山時代から江戸時代かけて、祇園祭の主役は経済的に豊かになった町衆となり、その財力を競うように装飾が壮麗になりました。ベルギー製毛綴・ペルシャやトルコ・中国などの緞通(だんつう)、精巧な飾金具などを施された絢爛さは『洛中洛外図屏風』などに見ることができ、現在の山鉾の形はこの頃完成したと言えます。
七月十日から鉾建てが始まり、鉾町では祇園囃子が流れ、京都はお祭り一色になります。山鉾巡行前日の宵山では、古い町家が秘蔵の屏風や書画を軒先に公開し、人々は鉾町を巡ってその壮麗さを堪能します。
祭りのクライマックスである十七日の山鉾巡行は、稚児の注連縄(しめなわ)切りを合図に「籤(くじ)とらず」の長刀鉾を先頭に、四条烏丸から御池方面へ順々に巡行します。
交差点で山鉾の進行方向をかえる「辻回し」では、路面に青竹を敷き、水をかけて、鉾を滑らせます。各々の山鉾独自の所作とかけ声とともに大きな鉾が動く圧巻の迫力に、多くの見物客から大きな歓声があがります。
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